実践!センター日本史100点のメソッドが全てここに!
受験生の皆さん!おはようございます!
ひろきです!
今回は、受験生時代、
9月の河合塾マーク模試で、
日本史Bまさかの42点だった僕を、
わずか1ヶ月で81点、
そして本番では100点💮にまで成長させてくれた、
「3点セット解き直し」
という日本史勉強法を、
この記事を読んでくれているあなたと一緒に実践していきたいと思います!
まず、この3点セットを構成する3つの事柄をあなたは覚えていますか?
この記事が僕の記事で初めて!という方は以前の投稿もチェックしてみてくださいね!
そう、「原因」「出来事」「その後の影響」の3つです!!
今回は、現役時代に、僕が実際に間違えてしまった問題を例に、やっていきます。
これがその問題です。
青山学院大学の2016年の過去問になります。
間違えたのはこのページの1番下の問7。
この問題で僕は、単純に
二・二六事件(1936)を起こした派閥である「皇道派」が書けませんでした。
あなたなら、この間違いから何を学びますか?
「二・二六事件は皇道派対統制派の争い」ということだけですか?
もしそうだとしたら、
「あなたはとてつもなく、もったいないことをしています!」
この問題も「3点セット解き直し」をすると、
日本史を勉強する本質である
「歴史の大きな流れ」
が見えてきます。
それでは「3点セット解き直し」を
始めていきましょう!
まずは、「原因」
この時代は二・二六事件以外にも
軍部によるクーデター事件が相次ぎます。
ex)三月事件、十月事件(1931)
ここで、歴史の流れを知るために注目したいのが、
「なぜ、軍部がクーデターを起こすのか??」
それは、
→海軍軍令部長の反対を押し切って、浜口内閣
は軍縮を決行。
- 昭和恐慌の発生(1930)
→井上準之助蔵相主導で行った金輸出解禁と世界恐慌が重なり、全国的に深刻な不況が発生
→軍部が満州事変を起こしてまで手に入れた満
州の地を、犬養毅首相は不承認
⇨軍人、右翼に不満が蓄積
その結果「出来事」
- 浜口雄幸狙撃事件(1930)
→東京駅で浜口首相が右翼青年に狙撃される。
浜口首相はこの傷が悪化し翌年死亡。
- 血盟団事件(1932)
助前蔵相と団琢磨松井合名会社理事長を射殺
- 五・一五事件(1932)
首相を射殺
「その後の影響」
- 海軍の不満を抑えるために、犬養首相の後見に海軍大将斎藤実が首相に就任 (挙国一致内閣)
→護憲三派内閣(1924)から続いた
「政党内閣」の崩壊
初代皇帝 溥儀
実際の解き直しの写真がこちらです!
このように、3点セット解き直しを実践していくと、
「歴史の大きな流れ」が分かると
共に、芋づる式にいろんな知識がついてきます!
このサイクルを僕は、
間違えた問題一問一問で回し続けました。
その結果、
模試の問題を解く回数を重ねるにつれて、
「これあの時解き直しでやった!しかも流れでちゃんと覚えてる!」
と思う回数が増えていきました!
センター試験本番は、
文化に関する問題一問だけ悩みましたが、
それ以外でペンが止まることはありませんでした!
皆さんも騙されたと思って、このサイクルを
試しに5周回してみてください!
すぐに変化が分かりますよ!
🎧受験生応援ソング🎧
今回は、GReeeeNさんの「道」です!
夢に向かう道の途中で、失敗し、見失い、言い訳を繰り返したとしても、そんなあなたもあなたの一部だから大丈夫!
前を向いて歩いて行こう!
そんなメッセージを感じる曲です!
これから先も辛いことはあると思います。
そんなときこそ前に踏み出す勇気を持って、
あと少し!駆け抜けてください!
最後まで読んでくれてありがとうございます!
この記事を読んでくれた受験生のあなたを心から応援しています。